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宇都宮地方裁判所足利支部 昭和45年(わ)89号 判決 1972年1月14日

主文

被告人Aを懲役一二年に

被告人Bを懲役七年に

被告人Cを懲役六年に

被告人Dを懲役六年に

各処する。

未決勾留日数中、被告人Aに対しては三〇〇日、被告人B、同Cに対しては各二〇〇日を、右の各刑にそれぞれ算入する。

訴訟費用中、鑑定人西尾忠介に支給した分は被告人Aの負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人Aはシンナー嗜癖者として、被告人Bは生来性精神薄弱者として、被告人Cは精神分裂病者として、被告人Dは、てんかん症兼生来性精神薄弱者として、いずれも栃木県佐野市堀米町一、六四八番地所在の医療法人秋山会両毛病院に長期入院し、施錠された出入口と鉄格子の窓により、自由な出入の出来ないいわゆる閉鎖病棟たる同院第二病棟に収容されていた者であるが、日頃から一日も早く退院して自由な身になりたいと切望し、これまでに再三再四退院を願い出たのに退けられ、いつその望みがかなうかわからない状況にいらだち、昭和四五年六月二九日に至り、その日も閉鎖病棟での窮屈な入院生活に我慢できない気持になった挙句、病院を脱走するよりほかないと考え、日中から病室の床下や天井からの脱出を検討してみたが、いずれも難点があって断念せざるをえず、脱走方法に窮していたところ、同夜七時ころ、被告人Cの病室で、被告人Aが「こんな病院燃やして逃げよう」と提案するや、その余の被告人三名が直ちにこれに応諾同調し、ここに被告人四名において、共謀のうえ、第二病棟内ほぼ中央辺にある布団部屋に放火して同病棟を焼燬させることを企て、被告人Aの指示に従い、被告人B、同Cが新聞紙や古雑誌類を持ち寄り、被告人Dも加わって破いたうえ、これを布団部屋に運び入れて、数枚の毛布、布団のすぐそばに置き、被告人Dにおいて自室から取ってきたマッチが精神分裂病の末期症状にあって、是非弁別の判断能力を欠くZに手渡され、同夜午後八時ころ、被告人Bと右Zの二人が布団部屋に至り、同被告人が日頃からその命令に素直に従っていたZに点火すべきことを命じ、同人をして右マッチで布団のそばにおいた前記古雑誌類に点火させて燃えあがらせ、漸次火を同部屋の夜具、板壁、天井などに燃え移らせ、その結果甲野一郎外四〇名余の入院患者等が現に住居に使用する第二病棟一棟(木造瓦葺平家建床面積三〇五平方メートル)を全焼させてこれを焼燬し、

第二  被告人Aは、

一  昭和四五年六月二九日午後八時三〇分ころ、栃木県佐野市天神町七六一番地県立佐野高等学校の自転車置場で、石原隆行所有の中古自転車一台(時価約五、〇〇〇円)を窃取し、

二  同日午後九時ころ、右窃取にかかる自転車でDを後部荷台にのせて走行中、同市高砂町六八の一番地飯塚トラ方南側路上にいたった際、たまたま同所を通りかかった大学生津布久欣司(当時一八年)から腕時計を喝取しようと企て、同人を呼び止めていきなりその手首を掴み、同人に対し「腕時計を貸せ」と申し向け、拒絶されると「うしろにのっている男はすぐさす男だからいうことをきかないと刺されるぞ」と脅かし、右要求に応じなければ、いかなる危害をも加えかねないような態度を示して、同人を畏怖させ、その場で同人からその所有の腕時計一個(時価約五、〇〇〇円)を交付させて喝取し、

三  同日午後一〇時三〇分ころ、同市天神町七二一番地竹村行造方軒下で、林和巳所有の中古自動二輪車一台(時価約四万円)を窃取し、

四  同日午後一一時ころ、同市天神町七二四番地先路上で、高校生戸室功(当時一六年)が友人の中島啓治の自動二輪車を運転してきたのと行き合って、後部座席に同乗させて貰って走行中、同人から右自動二輪車を喝取する目的でエンジンキーを引き抜いて同町六〇五番地中江川春次方西側路上に停車させたうえ、同人に対し「車を貸せ」と申し向け、拒絶されるといきなりその脚部を足蹴りしたり手拳で顔面を殴打したりし、その要求に応じなければさらにいかなる危害をも加えかねない態度を示して同人を畏怖させ、その場で同人から中島啓治所有の自動二輪車一台(時価約八万円)を交付させて喝取し、

第三  被告人Bは、

一  昭和四五年六月二九日午後一〇時三〇分ころ、栃木県佐野市天神町九三一番地吉田カツ方敷地内で、同人が管理していた石川博夫所有のマッチ、サングラス二個(時価合計約九〇〇円)および小野田光治所有のセーター一着(時価約四〇〇円)を窃取し、

二  同日午後一一時ころ、同市赤坂町二一二番地立沢光子方鉄工作業場内で、同女所有の中古自転車一台(時価約三、〇〇〇)円を窃取し

たものであって、被告人B、同C、同Dは右の各犯行当時心神耗弱の状態にあったものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、犯行当時、被告人Cは心神喪失、被告人A、同B、同Dはいずれも心神耗弱の状態にあったと主張しているので、この点について判断する。

一  被告人Cについて

≪証拠省略≫によれば、被告人Cは、現に、正常者と精神薄弱者との境界線にあたる程度の知能低下を伴った破瓜型の精神分裂病が慢性化した状態にあって、感情鈍麻、意欲の障害が目立っていると認められるが、その程度はいまだ末期状態に至らない欠陥状態を示すにとどまることに加えて、犯行当時、特段の意識障害があったと認むべき形跡はなく、また幻覚妄想などの異常体験に支配されての犯行でもないことが認められるばかりか、むしろ、窮屈な入院生活を嫌悪し、これからの脱出のため本件放火に及んだものであって、その動機、犯行態様等に了解困難な点は見あたらず、しかも、犯行前後の事情をかなり記憶しているのみならず、他の患者から注意されたさいに犯行を思いとどまればよかったと述懐反省し、焼死者への哀悼感をも持ち合わせていることなどの事情を合わせ考えると、犯行当時、事の是非善悪を弁別し、その弁別に従って行為する能力を全く欠いた状態にあったとはいいがたく、その能力が著しく減弱した状態にあったと認めるのが相当である。

一  被告人Aについて

≪証拠省略≫によれば、被告人Aは、知能面では常人の範囲内であり、性格面では生来性の偏倚および未熟さがあるが、精神病質の程度にはいたらないことが認められ、また、同被告人が放火謀議の直前から一連の本件犯行を遂行した間に、シンナー三〇〇ミリリットル余をほとんど一人で断続的に吸引し、病院脱走後の途中、さらに若干飲酒したことも加わって、ある程度の酩酊状態を呈するに至ったことは疑いないが、火災発生にいたるまでの間にあっては、格別の酩酊所見は認められず、むしろ他の共犯者に対し、放火方法等について細部にわたる用意周到な指示を与え、放火の準備をさせているのであり、この事実に自転車窃取後、Dを後部にのせて自転車を操縦していること、腕時計を喝取して被害者らに責められたさいには謝罪したうえ、嘘をついてその場をのがれていること、腕時計喝取後、直ちに質入れし、そのさい代金の交渉をもしていること、自動二輪車を喝取する際は、走行中にエンジンキーを引き抜いて停止させていることなどの諸般の状況を合わせ考えると、本件各犯行全般を通じて、同被告人の行動は計画的、合目的であって、ときには巧妙さや狡猾ささえ散見され、途中におけるシンナーおよび酒精による影響は、せいぜい身体の平衡維持に軽度の障害がうかがわれる程度に止まるのであって、以上の如き酩酊状態をもって、当時同被告人が心神耗弱の状態にあったと認めることはできない。

一  被告人B、同Dについて

≪証拠省略≫によれば、被告人Bは、痴愚に相当する興奮型の生来性精神薄弱の状態にあり、感情が不安定で容易に刺激的となるものであること、被告人Dは、軽愚に相当する生来性精神薄弱にてんかん発作が伴った状態にあること、本件犯行は、いずれも右の精神薄弱の基礎の上に行なわれたものであることが認められ、これに加えて本件放火に加功するにいたるまでの経緯および心理状態、犯行後の状況等をもあわせ考えると、被告人両名について、いずれも事の是非善悪を弁別し、その弁別に従って行動する能力は著しく減弱していたと認めるのが相当である。

(法令の適用)

被告人Aの判示行為中、第一の行為は刑法六〇条、一〇八条に、第二の一、三の各行為は刑法二三五条に、第二の二、四の各行為は刑法二四九条一項にそれぞれ該当するので、第一の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により最も重い第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役一二年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中三〇〇日を右の刑に算入することとする。

被告人Bの判示行為中、第一の行為は刑法六〇条、一〇八条に、第三の各行為は刑法二三五条にそれぞれ該当するので、第一の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し、右はいずれも心神耗弱者の行為であるから、同法三九条二項、六八条三号によりそれぞれ法律上の減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により最も重い第一の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で同被告人を懲役七年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中二〇〇日を右の刑に算入することとする。

被告人C、同Dの判示第一の行為はいずれも刑法六〇条、一〇八条に該当するのでそれぞれ所定刑中有期懲役刑を選択し、右はいずれも心神耗弱者の行為であるから、同法三九条二項、六八条三号によりそれぞれ法律上の減軽をした刑期範囲内で同被告人両名を懲役六年に処し、被告人Cに対し刑法二一条を適用して未決勾留日数中二〇〇日をその刑に算入することとする。

なお、訴訟費用中、鑑定人西尾忠介に支給した分は刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人Aに負担させることとし、その余の被告人三名に対し、それぞれ刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して各自の訴訟費用は負担させないこととする。

(裁判長裁判官 門馬良夫 裁判官 菅本宣太郎 龍田紘一朗)

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